

一時は、アジアや北アメリカを所領とする強国として世界に君臨。いちはやく産業革命を起こし、世界の産業をリードしてきたイギリス。 四方を海に囲まれ、豊かな自然にも恵まれたこの国は、ヨーロッパ各国の影響を受けながらも、独自の文化を育んできた。町には緑豊かな英国式庭園や壮麗な建築物などが点在し、近代的なビル群と調和した美しい景観を造り出している。
紀元前9世紀ごろから紀元前5世紀ごろにグレート・ブリテンに大陸から移住してきたのはケルト人であった。彼らは紀元前3世紀ごろに国家組織を形成していた。その後紀元前55年のローマ帝国のグレート・ブリテンへの侵入以来、ゲルマン人やデーン人(デンマーク人)に支配されたが、1066年にフランス王国のノルマンディー公国のギョームによって征服され、イングランドの支配層はノルマン系フランス貴族へと変わっていった。
ノルマン朝廃絶の後、12~13世紀初頭には、国王による失政が続き、有力貴族たちにより、1215年にマグナ・カルタの承認やイングランド議会の開催など民主化が進んでいった。1337年、フランス王の地位を巡っての百年戦争、1455年には王家内の相続争いによってバラ戦争が勃発。この内戦の中から、チューダー家のヘンリー7世が、イングランド王位を簒奪、内戦を収拾してチューダー朝を興し、絶対主義を確立した。この頃ヨーロッパ諸国では宗教改革が進んでいたが、エリザベス1世が即位すると、1559年英国国教会を設立。宗教改革を行いカトリックを弾圧した。さらに、東インド会社を設立するなど、絶対王朝の最盛期を迎える。その後、清教徒革命、名誉革命の後、1707年、アン女王は、スコットランドを併合して、グレート・ブリテン連合王国を成立した。
18 世紀後半になると、イギリスでは世界に先駆けて産業革命が進展。木綿工業が飛躍的に伸び、続いて、蒸気機関の開発、改良を武器にして工場制機械工業の発達が促された。経済発展を基盤に、ビクトリア女王の時代には、最盛期を迎え、アジア、アフリカそして、中国をも次々と植民地化していった。
第一次・第二次世界大戦を勝利で終えたが、植民地が次々と独立。「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにいち早く福祉国家を作り上げたが経済は停滞した。 1980年代にマーガレット・サッチャー首相が経済再建のために急進的な構造改革を実施。ロンドンを中心に金融産業などが成長した。
イギリスの主な産業は、航空機、電気機器、エレクトロニクス、化学、金属、石油、ガス、金融など。最も早く工業化された国であり、世界経済をリードする工業国として、様々な産業が盛んである。原油や天然ガス、石炭など、天然資源をもち、鉱業も盛んだ。農業は低下し続けているが、オオムギや亜麻などは、世界シェアを10位以内に保っている。

1753年に設立された国立博物館。ヨーロッパやアジア、エジプトを中心に世界各国の美術品や書籍を約800万点所蔵している。考古学的な遺物や標本、民族史資料なども展示されており、収蔵品は多岐にわたる。

テムズ川にかかる全長805mの跳ね橋。両岸には高さ約40m、壮麗なゴシック形式の2つのタワーがそびえる、ロンドンを代表する観光名所。完成当時、橋を上げるのに10分以上かかっていたが、電力に変わった現在では3~4分程度で上がるようになった。