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アルプスの絶景が世界中の人々を魅了するスイス。永世中立国としてその名を知られるこの国は、世界が戦禍に包まれた第一次・第二次世界大戦時も中立を貫いた。そのため、多くの町が戦禍から守られ、首都・ベルンのように中世の面影を残す町も少なくない。
現在、レマン湖畔には国際連合欧州本部、赤十字国際委員会をはじめとする国際機関が200以上も集結し、世界対話の舞台となっている。
紀元前1世紀、現在のスイス領土のほとんどがローマ帝国の支配下にあった。4世紀に入り、キリスト教の司教区が初めてジュネーヴに設立されたが、ゲルマン民族の流入により、ローマ帝国はスイスから撤退。さらに、ライン川の南にアレマン族の移民が始まり、複数の民族が共存。現在のドイツ語、フランス語、ロマンシュ語、イタリア語が話されるスイスの言語体系が作られていった。
その後、フランク王国、神聖ローマ帝国の支配下に入るが、13世紀にヨーロッパを南北に結ぶザンクト・ゴットハルト峠が開通すると、スイスの地理的重要性が高まった。この地方に暮らす住民たちは、ハプスブルク家により支配されることを危惧し、1291年、ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの3地域の代表が「永久同盟」を結び、スイスの基礎を築いた。「永久同盟」以後、ハプスブルク家は、数回にわたってスイスを攻撃するが、スイス農民軍に敗れ、以後干渉することはなくなった。このころから、同盟に参加する州も増え、最終的には26の州が同盟に加わった。
その後、スイスは各州が団結して周辺諸国の干渉を排除していったが、この頃から、スイス人は傭兵としてヨーロッパ各地へ働きに出るようになっていた。スイス傭兵は無敵ともいわれ、国際的な地位は上がってはいったものの、三十年戦争では、多くのスイス人の血が流れ、スイス人同士が戦うという悲劇が起こった。そのため1647年にはスイスは初めて外交政策として「武装中立」を明確に宣言した。
その後、1848年には、中央集権化とかつての「永久同盟」に基づいた憲法を制定。その後、世界を戦禍に巻き込んだ第一次世界大戦、第二次世界大戦も、武装中立の立場を貫いた。
スイスでは、銀行、保険、輸送をはじめとするサービス産業、アグロ・インダストリー、化学、エレクトロニクス、金属に代表される製造分野も盛んだ。エネルギー・資源産業では、天然ガスの大生産地であり輸出国でもある。また、スイスは農業生産物の世界三大輸出国の1つでもあり、チューリップや野菜、乳製品で有名な農業分野は、非常に近代化されている。

スイスの首都・ベルンは1983年に世界遺産に登録された緑と花の都。連邦議事堂はその美しい町の中央に位置し、国会、州議会の議事堂と中央ドームから成る。ドームにはスイスの歴史が、ガラスにはスイス22州のマーク、ステンドグラスにはスイスの主な産業が描かれている。

200以上の国際機関が集まるジュネーヴ。国連欧州本部の建物は、ベルサイユ宮殿の総面積に匹敵するほど巨大で、各国からの高級官僚や政治家が集う。