

国土の半分を深い森に包まれたスウェーデンは、豊かな天然資源と、技術の発展により近代国家へと発達。世界が戦禍に包まれた第1次・第2次世界大戦時には、中立を守り抜き、戦後は、国際連合国として平和維持活動へ力を注いでいった。
政治や経済、文化活動の中心地、首都・ストックホルムは長い歴史の中で、他国からの侵略や占領、自然災害にも見舞われたことがなく、美しい中世の面影を留め、北欧のヴェニスと称されている。
紀元前1世紀、現在のスウェーデン領土のほとんどがローマ帝国の支配下にあった。4世紀に入り、キリスト教の司教区が初めてジュネーヴに設立されたが、ゲルマン民族の流入により、ローマ帝国はスウェーデンから撤退。さらに、ライン川の南にアレマン族の移民が始まり、複数の民族が共存。現在のドイツ語、フランス語、ロマンシュ語、イタリア語が話されるスウェーデンの言語体系が作られていった。
スウェーデンにおける最初の王は、10世紀に登場したエーリック王といわれる。14世紀の中頃にはドイツ各都市を中心とするハンザ同盟が急速に力をつけ、交易の結果多くの都市が生まれた。14世紀後半には、デンマーク、ノルウェーとの間でカルマル同盟が結ばれた。しかし、同盟下ではデンマークが実権を握り、圧力をかけられていた。何度かの戦闘が繰り返された後、グスタフ・ヴァーサの反乱が勃発し、1523年に独立。グスタフ・ヴァーサは王位につきヴァーサ王朝を開くが、1814年までデンマークとの間で戦争が繰り返された。
17世紀前半、グスタフ2世アドルフが内政・外政ともに手腕を発揮し、スウェーデンをバルト海の強国へとのし上げていった。また、ナポレオン戦争では、フランスと戦いノルウェーを獲得した。
19世紀に入ると、さまざまな産業が振興し、国力は充実していったが、対外的には、中立策をとる。スウェーデン国内には伝統的に親ドイツ感情があるが、第一次世界大戦・第二次世界大戦とも中立を維持。戦後の復興は早く、北欧随一の富裕国へ成長し、EUにも加盟した。
スウェーデンは針葉樹林や鉄鉱石、ウラニウムなど天然資源に恵まれている。製材、製紙、パルプ、木製品などの製造業が盛んで、その輸出により、工業国として急激な成長を遂げた。またボルボやサーブ、エリクソンなど、日本でも知られる工業グループの製品や近年では、電気通信技術、特殊企画などの製品の輸出も盛んだ。

クングスホルメン島の南東端に、リッダー湾を望んで立つナショナル・ロマンチック様式の建築物。76mの高さまで上れるタワーは、町のランドマークにもなっている。毎年、コンサートホールでのノーベル賞授賞式の後、市庁舎の大広間「青の間」で祝賀パーティが行われる。

1760年に造られたオランダ・ルネッサンス様式の建築で、608もの部屋がある。王の居城はドロットニングホルム宮殿だが、王が執務を行うほか、大使の任命式などに使用されており、ノッルマイム側の岸から望むと水の上に浮かんでいるように見える。