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「リパブリック・プラザ」をはじめ、「サンテック・シティ」など、近代的な高層建築が立ち並ぶシンガポール。イギリス植民地支配からの解放、マレーシアからの独立以後、目覚しい発展を遂げたアジア有数の近代国家だ。
「クリーン・アンド・グリーンの庭園都市」の国造りを続け、緑と建物の調和がとれた、清潔感溢れる街並みが実現し、現在は「ガーデンシティ」という呼び名で愛されている。
14世紀、シンガポールは当時強大なスリ・ヴィジャヤ王国の一部となり、トゥマセ(海の町)として知られていた。
1819年、アジア貿易の拠点にするために、東インド会社のラッフルズがシンガポールに上陸。その後、1832年にペナン、マラッカ、シンガポールの海峡植民地政府の拠点となり、東洋と西洋の貿易拡大の中心地として栄えていった。
その後、第一次世界大戦では軍港として注目され、第二次世界大戦では、日本軍に軍政をしかれ、「昭南島」と改名された。
第二次世界大戦後、再びイギリスの植民地となるが、独立運動が活発化していくなか、1955年にデイビッド・マーシャルが首相に就任。独立交渉を行った結果シンガポールは英連邦内自治州となった。その後の1959年には、弁護士のリー・クアンユー率いる人民行動派が選挙で圧勝し、リーが首相に就任した。国民投票により、シンガポールは1963年にマレーシアの州となり、イギリスによる植民地支配は完全に終わった。
しかし、マレー人優先の政策をとる中央政府と、中国系住民が人口の80%近くを占めるシンガポールが対立。結局1965年にマレーシアから分離し、シンガポール共和国が誕生した。
独立後のシンガポールは、激しいインフレと失業問題を抱えていたが、リー首相が外資の導入、税制上の優遇措置など大胆な政策を進め、その功績により奇跡ともいわれる経済発展を遂げた。
また、独立以来「クリーン・アンド・グリーンの庭園都市」の国造りを推進。その結果、緑と建物の調和がとれた、美しい町並みが広がり、シンガポールはガーデンシティとの名で呼ばれている。
過去の中継貿易地点という役割から、今や製造業の拠点へと変わりつつあり、製造業(エレクトロニクス、化学関連、バイオメディカル、輸送機械、精密器械)のほか、商業、ビジネスサービス、金融などが盛んだ。電子部品の主要供給国であり、造船や船の修復でも世界のトップを走っている。またシンガポールは、アジアにおける最も重要な金融拠点のひとつとなっている。

マリーナベイを望むウォーターフロントに位置する複合施設。独特のドーム型の屋根をもち、館内には1600席を有するコンサートホール、2000席を有する劇場などがありさまざまなイベントが開催される。

1819年、イギリス東インド会社の副総督サー・トーマス・スタンフォード・ラッフルズが上陸の第一歩を印した場所。当時未開のジャングルだったシンガポールをラッフルズが整備し、街造りを行った。シンガポール川のほとりに、腕を組んだラッフルズ像が立つ。