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スペインの統治により造られた美しい町並み。
その多彩な景観は、メキシコの長い歴史の中で確立されたものだ。
他国からの植民地支配などさまざまな苦難を乗り越え独立。その後民主化の道を歩み出したメキシコは、1968年にはメキシコオリンピックを開催するなど、国際舞台でも積極的に役割を果たしている。
先古典期中期の紀元前1300年頃、メキシコ湾岸を中心にオルメカ文明が興った。6世紀、中央高原で最大の都市国家を築いたテオティワカンをはじめ、数々の文明が栄えたが、いずれも衰退していった。14世紀初頭には、アステカが都市・テノチティトランを建設し、以後、メキシコ全土を支配する一大帝国を築いていた。
1519 年、スペインのエルナン・コルテスはユカタン半島に上陸し、メキシコをほぼ征服。スペインによる支配は300年続いたが、18世紀を迎えると欧米で起きた革命や独立戦争に影響され、メキシコでも独立運動が活発化していった。そして、1810年にスペイン打倒を叫ぶメキシコ独立革命が勃発し、1821年に独立。「メキシコ帝国」が樹立された。しかし、独立以後は、テキサスを巡るアメリカ合衆国との米墨戦争に敗北。テキサスのみならずカリフォルニアなどの領土を失う失政が続いた。
1850年代になると、政教分離、自由主義憲法の制定など、自由主義に基づいた改革が行われた。しかし、保守派の反発により内戦が起こった。それをきっかけにフランスのナポレオン3世に干渉されるが、アメリカによる援助もあり、1867年にフランス軍は撤退した。
1876 年にはポルフィリオ・ディアスが政権を樹立。ディアスは軍事独裁体制と積極的な外国資本の呼び込みなどで、治安の改善と経済の成長を実現させたが、メキシコの7分の1~5分の1の領土が外国人資本家のものとなり、農村部は疲弊し、労働者は困窮した。そのため各地でゼネストが発生すると、知識人たちが変革の声をあげ、1910年に革命が起こった。その結果1917年に現在の憲法が発布され、農地改革、主要産業の国有化などの政策が進められた。 第二次世界大戦後、メキシコは順調な経済成長を見せ、政権も制度的革命党政権によって民主主義が維持され、1968年にはメキシコオリンピックが開催された。
油田が多く、石油が大きな外貨獲得源になっている。水産業や観光業、製塩やビールなどのほか、20世紀前半より工業化が進んでおり、自動車や製鉄、家電製品の生産などが盛んである。また、銀やオパールの産地としても知られている。

メキシコ・シティーの中心となる大広場で正式名称は「憲法広場」。アステカ帝国時代から神殿に囲まれた広場だった。現在、広場の周りにはメトロポリタン・カテドラル、国立宮殿などが佇み、毎日、朝夕には将兵による国旗の掲揚・降旗のセレモニーが行われている。

メキシコシティに建つ歴史あるオペラハウス。1901年にイタリアの建築家、アダモ・ボアリによってデザインされたアール・デコ様式の内観と、壮麗なアール・ヌーヴォー様式の外観が特徴。宮殿内の劇場では、クラシック、オペラ、ダンスなど様々な芸術作品が公演されている。