

マレーシアが長い植民地時代を経て独立したのは、1957年のこと。以来、多国籍国家としてマレーシア、中国、インドの人々が互いの宗教や文化を尊重しながら穏やかに暮らしてきた。1991年、マハティール首相が提唱した「ビジョン2002」に基づき、首都・クアラルンプールは、いちはやく整備され、高さ452m「ツインタワー」をはじめ、地下鉄や空港が次々に建設された。
7世紀、スマトラのシュリヴィジャヤ王国により、マレーシアは初めて国家として統一された。シュリヴィジャヤ王国は、マレー半島からジャワ島西部を支配し、14世紀まで繁栄を続けていた。マラッカ王国は14世紀末から15世紀初頭、パラメスワラにより成立。香辛料を中心とした東西貿易とともに急速に発展し、マラッカ王国ではイスラム商人が数多く流入したため、東南アジアにおけるイスラム教布教の中心地としての役割が高まっていった。
1511年から130年間、マラッカはポルトガルによって支配され、次いで、1641年にはオランダがマラッカを占領。その後、1786年にイギリスがペナン島を獲得すると支配地を広げ、オランダはマレー半島から撤退した。イギリスの支配はさらに拡大し、20世紀には、第一次世界大戦の勃発や自動車産業の発展により、ゴムやスズを大量に輸出。この時期、天然資源の拡大に伴い、中国人やインド人がマレー半島へ流入、現在の多民族国家を形成する始まりとなった。
また、1941年、日本軍はマレー半島へ侵攻、約3年間に渡って占領下に置いた。
独立の呼び声が高まる中、1957年、マラヤ連邦は独立を勝ち取り、アブドゥル・ラーマン氏が初代首相に就任した。ラーマン首相は、マラヤ連邦にシンガポールとボルネオ(サバ)、サラワク、ブルネイを加えたマレーシア連邦結成に取り組み、1963年ブルネイを除くマレーシア連邦を結成。しかし連邦政府と対立したシンガポールは1965年には分離独立した。
1981年、マハティールが首相に就任すると、日本や他のアジア諸国の成功に目を向けようとする「ルック・イースト政策」を、さらに1991年には新たに2020年までに先進国入りするという「ビジョン2020」を提唱した。以後、マレーシアは順調に発展し、東南アジアの中でも先進的な地位を築いている。
イギリス植民地時代から天然ゴム、パーム油、木材などの農林業や、スズ、原油などの鉱業が盛んだったが、マハティール首相の「ビジョン2020」により、農作物や鉱産物の輸出や観光業だけに頼らず、電気機器などの製造業や重工業にも力をいれている。

首都クアラルンプールに次ぐ第2の都市。18世紀末のイギリス王室ジョージ3世にちなんで名づけられ、東西貿易の要衝として栄えたこの街には今なお多数の英国コロニアル調の建物が残っている。マラッカとともに、その歴史的街並みが2008年にユネスコの世界遺産に登録された。

ムルデカとは独立の意。その名のとおりイギリスからの独立宣言の舞台となった場所。100mの高さを誇る国旗掲揚台にはマレーシア国旗が掲げられている。