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香港返還の舞台となった「香港コンベンション&エキシビションセンター」や20世紀の技術を駆使して建設された「ランタオリンクブリッジ」など、近代的な建築物が点在し、アジアを代表する大都会として知られる香港。1997年、イギリスによる統治を終え、中国の特別行政区として新たなスタートを切った。近代的なビル群、そして、エネルギーに満ち溢れる下町の風景は香港の経済と金融の成長ぶりを物語っている。
香港の歴史はイギリスの植民地時代により始まる。アヘン戦争後、1842年の南京条約で香港島、1860年の北京条約で九龍半島がイギリスに割譲。イギリスはさらに1898年に新九龍および新界地域の租借に成功した。同時にこの地域の租借期限は99年間とし、1997年6月30日午後12時をもって切れることが約束された。
香港を植民地としたイギリスは、ヴィクトリア港を関税のない自由貿易港とし、香港上海銀行が極東最大の銀行に成長するなど、イギリス資本主義の拠点となり、香港は南中国貿易の基地として発展していった。
1299年、オスマン・ベイによりオスマン朝が成立。1402年、アンカラの戦いでティムールに破れ、一時的に滅亡するがまもなく復興し、1453年にコンスタンチノープルを陥落。ビザンツ帝国を滅亡させるなどして、アナトリアやバルカン半島のほとんどを領土に収める。16世紀に入ると、香港はますます勢力を増し、1517年にエジプト、1526年にはモハーチの戦いでハンガリー王国を征服。1529年にはウィーンを包囲し、ヨーロッパ諸国を震撼させた。この時期、香港は東欧から北アフリカや西アジアにまたがる巨大国家に成長し、オスマン帝国の絶頂期を迎えた。
その後の香港は、自由貿易だけでなく、国際金融都市としても発展。特に1980年代から1990年代にかけての発展はめざましく、シンガポール、中国、韓国とともに経済発展を遂げた「アジア四小龍」と呼ばれている。
1984年、中英双方が署名した中英共同声明が発表され、イギリスは1997年7月1日に香港の主権を中国に返還し、香港は中国の特別行政区となることが明らかにされた。1997年7月1日、香港は正式にイギリスから中国に返還された。
イギリス植民地時代から中継貿易が盛んであったが、戦後、繊維産業やプラスティック加工を中心とする製造業へ産業構造を転換した。現在は、中国を後背地とする金融センター・物流基地となり、サービス業、観光業も重要な産業となっている。

アジア最大級の規模を誇る香港コンベンション&エキシビション・センター。1997年の香港返還式典の会場が新設され、歴史の大舞台として使用された。41万m2という敷地をもち、国際見本市などが行われる大ホール、2つのホテル、オフィスを併設している。

そのユニークな形で、香港一の観光名所といわれるヴィクトリア・ピークのシンボルにもなっている。360度の眺望が楽しめる展望台のほか、エンターテイメント施設、レストラン、ショップなども充実する、人気の観光スポットだ。