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12世紀ごろに建てられたフランス・ゴシック様式の教会やヴェルサイユ宮殿をはじめとするなどの贅の限りを尽くした宮殿や城。1962年からはベルエポックのもと再開発計画が進められるなど、混乱の時代の中で、さまざまな芸術と文化が花開いたフランス。
ヨーロッパ諸国において多大な影響を与えたこの国は、欧州共同体の設立にも尽力し、現在、EUの中枢を担う重要国となっている。
紀元前1000年ごろにはケルト人が北フランスへ、紀元前600年ごろからギリシャ人が南フランスで移住を始めていた。紀元前から紀元後にかけてはローマ帝国の支配下に入るが、5世紀になるとゲルマン民族の大移動とともに西ローマ帝国が崩壊。ガリアにゲルマン系のフランク王国が誕生し、クローヴィス1世はカトリックの洗礼を受け、フランスでのカトリック教会の地位も確立。さらに首都をパリに置いた。その後、カロリング朝のカール大帝は北イタリアからドイツまでを治める大フランク王国を確立したが、彼の死後、領土は現在のフランス、ドイツ、イタリアのもととなる3国に分割された。
ジャンヌ・ダルクが活躍したイギリスとの百年戦争や新教徒ユグノー派と旧教徒が対立した宗教戦争などが起こるが、17世紀には太陽王ルイ14世が絶対王政をしく。文化・芸術面でも大いに繁栄するが、イギリスとの7年戦争の敗北により、財政は悪化。重税を課されていた市民の不満は爆発し、1789年のフランス革命へと発展。ルイ16世と王妃マリー・アントワネットは処刑され、絶対王政は終焉を迎えた。1792年には、第一共和制がとられるが、混乱が続き、1804年、ヨーロッパ遠征を成功させたナポレオン・ボナパルトが皇帝に即位。第一帝政を成立させた。中央政権国家を樹立させた彼は、現在のフランスの多くの基礎を造った。しかし、遠征の失敗から失脚、その後も王政、共和政と体制は変更し、政局は安定しなかった。
1871年には、第三共和政が誕生。ここで、ベルエポック時代(よき時代)を迎え、メトロの開通、万博の開催など、文化・芸術面で華やいだ。第一次世界大戦では、連合軍側につき勝利したものの、第二次世界大戦では、ドイツの占領下に置かれた。当時イギリスに亡命していたド・ゴールは連合軍とともにドイツからパリを解放。戦後は、アルジェリア独立戦争やインドシナ戦争が勃発するが、共和政がとられ、ヨーロッパ共同体の成立にも協力した。
化学、機械、食品、繊維が中心。農業は西欧最大の規模となっており、工業においては宇宙・航空産業、原子力産業などの先端産業が発達している。また、ファッションなど、伝統的産業も栄えている。

高さ49.54m、幅44.82mの門で、1806年、フランス軍の栄光を讃え、ナポレオンの命により建設された。門の側面には、オステルリッツの戦いや1792年の義勇兵の出陣の彫刻、中央には無名戦士の墓がある。展望台からは、美しい風景が眺められる。

外観および内装はネオ・バロック様式の典型と言われ、豪華絢爛たる装飾が随所に施されている。また、建材に当時最新の素材とされていた鉄を使用したことで、従来不可能とされていた巨大な空間を確保することに成功。2167の座席が5階に配分されており、観客収容規模でも1875年当時最大の劇場であった。