

経済開放政策以来、香港の返還などが牽引力となり「世界の工場」と呼ばれるほどの発展を見せている中国。
首都・北京では2008年のオリンピック北京大会の開催も決定し、中国の経済を担う上海は、経済開発区・浦東(プートン)地区を中心に洗練された高層ビルが林立。近代都市へと日々変貌を遂げている。
世界最多の人口を誇るこの国は世界中の国々から熱いまなざしで見つめられている。
4000年の歴史をもつ中国は、地方の勢力が天下をめぐって争いを繰り返していた。現在ある中国の領土が確定されたのは、清の時代のこと。この時代、万里の長城などの歴史的な遺物も清代に建築または修復されるなど隆盛をきわめていた。
しかし、清に衰退の兆しが見えると、イギリスやロシアなどが侵略を始め、1900年の義和団事件により8カ国連合軍に北京を占領された。1912年には蜂起した軍隊により清朝は敗退し、中華民国が成立した。しかし、日中戦争をきっかけに沿岸部のほとんどを日本に占領されることになる。
第二次世界大戦後は、1949年に毛沢東率いる共産党軍が、蒋介石率いる国民党軍を破り、共産党が指導する中華人民共和国が成立した。中華人民共和国政府は西側の勢力に対して、1950年、中ソ友好同盟相互援助条約を結ぶ。この条約でソ連が租借していた大連、旅順が返還され、ソ連の経済援助の下、社会主義化が進んでいった。しかし、1958年、台湾海峡で大規模な軍事行動を起こし、1959年ソ連に中ソ協定を破棄される。1960年には経済技術援助条約も打ち切られ、経済は衰退していった。
その後の中国は、アメリカなどからの外交的承認を受け、国連の常任理事国の議席を得るなど、国際政治での認められるようになっていた。鄧小平が政権を握ると、資本主義経済導入などの改革開放政策を取り近代化を進めた。1990年代には、江沢民政権のもとで経済の改革開放が進み、海外からの工場誘致で「世界の工場」と呼ばれるほど経済は急成長した。1997年にはイギリスから香港が、1999年にポルトガルからマカオが、中華人民共和国に返還され、中国経済の牽引力なり、さらなる躍進を続ける。
中国の主な産業は、繊維、食品、化学原料、機械、非金属鉱物など。1950年代は旧ソ連に倣って重工業優先政策とっていたが、80年代半ばごろから、海外企業に門戸を開いたことによって、衣服、玩具をはじめ、生鮮野菜や電化製品、パソコンやコピー機などの産業を展開し、さまざまな分野において「世界の工場」となっている。

高層ビルが林立する中国一の経済開発地区である浦東にあるテレビ塔。高さ468mで、90m、263m、350mの3段階に、それぞれ展望台があり、発展し続ける上海の町並みを一望することができる。また、1階には、上海城市歴史発展陳列館がある。

紫禁城ともいい、北京市にある歴史的建造物。「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」として、1987年ユネスコの世界遺産に登録された。約72万m² ある敷地には、世界最大の宮殿であった故宮博物院があり、院内には100万点以上の文献が所蔵されている。