

サッカーとサンバで知られる南米の大国、ブラジル。
肥沃な大地、豊かな天然資源に恵まれたこの国は、長いポルトガルによる植民地支配からの独立を経て、戦後、GDPの実質成長率が10%前後という「ブラジルの奇跡」と呼ばれるほどの飛躍的な成長を遂げた。
それを象徴するかのように首都・ブラジリアやリオ・デ・ジャネイロには近代的な建物が立ち並んでいる。
ブラジルがポルトガルによって正式に発見されたのは、1500年になってからのこと。ポルトガルは、砂糖産業と牧畜を中心に植民を開始。砂糖産業は先住民インディオと西アフリカからの奴隷に頼った三角貿易により、大いに発展し16世紀中旬には最盛期を迎えた。また、牧畜地開拓のための探検も進められ、18世紀中ごろにはほぼ現在の国境地帯まで開拓された。
17、 18世紀には、ミナスジェライス州を中心に約1,000トンの金と300万カラットのダイヤが採掘され、何千もの人が海岸の農園から奥地へ押し寄せた。また、コーヒーの大規模栽培が始まると、同時にブラジルの政治的自由を確保しようとする風潮が本格的に高まり、1822年、「ブラジル帝国」の独立を宣言。ポルトガル王の息子であるドン・ペドロが帝位に就いた。1888年には奴隷制度の廃止を行うが、地主階級がこれに反対し、1889年、君主制の廃止と共和制の設立を唱えた軍のクーデターにより、皇帝は退位を迫られた。
1956 年から1961年までの5年間は、ジュセリーノ・クビチェック大統領の下、経済は拡大。クビチェック大統領は首都・ブラジリアの建設に着手し、1960年遷都した。その後、グラール大統領時、軍隊による1964年3月31日のクーデターにより、グラール政権は倒れ、1964年からは軍政が敷かれ、歴代大統領はインフレ抑制と経済開発に力を注いだ。中でもメジシ大統領は、強力な政府を組織し、「ブラジルの奇跡」とよばれる高い経済成長を成し遂げた。1970 年代後半からは民主化が進められ、フィゲイレード大統領の下、学生運動禁止法の廃止や政治犯の釈放、さらには、多党制の新政党法を成立させた。1982年には州知事の直接選挙が17年ぶりに再開、1988年には新憲法が発布された。
半世紀前までは砂糖、オレンジ、コーヒー、大豆などを生産する農業国であったが、今では、鉄鋼、自動車などを生産する一大工業国家となっている。また、鉱物資源に恵まれており、鉄鉱石やボーキサイトなど鉱業も盛んだ。

リオ・デ・ジャネイロの町並みを一望できるコルコバードの丘。その上に立つキリスト像は、1931年にブラジル独立100年を記念して建てられた。高さ30m、広げた両手の幅は28m、重さは1145トンという巨大なもので、リオの観光のシンボルとなっている。

アルゼンチンとの国境に位置する世界最大級の滝。高さ約70mから落下する大小様々な275の滝で形成されている。世界三大瀑布の一つで、中でも最大の瀑布は「悪魔の喉笛」と呼ばれ、その壮大さに圧倒される。周辺の国立公園とともに、1986年ユネスコ世界自然遺産に指定されている。