

フランス、ドイツ、オランダ、ルクセンブルクと国境を接し、ドーバー海峡によってイギリスと通じているベルギーは、“ヨーロッパの心臓”と呼ばれている。
首都ブリュッセルは、EU本部やNATOなどの機関が集まるヨーロッパきっての国際都市でありながら、世界遺産にも指定された美しい建造物が建ち並ぶ観光都市としても評価が高い。
現在のベルギーの辺りには、旧石器時代の始めから農耕と漁労を主とする人類が住み着いていたといわれている。その後、さまざまな民族がヨーロッパ東方から移住。さらに、ベルガエと呼ばれるケルト部族が定住した。ケルト語で戦士を意味するベルガエは、ベルギーの語源になったといわれる。
紀元前57年になるとユリウス・カエサル率いるローマ軍が征服するが、ローマ帝国が衰退しはじめると、北部にゲルマンのフランク族が侵入。そのため、北部はゲルマン系、南部はラテン系と、現在に至るまで、言語が二分されている。
その後、フランク王国や西ローマ帝国、そしてスペインの支配を受ける。その頃は、オランダとともにネーデルラントと呼ばれ、カール5世治世時代には、アントワープが西ヨーロッパ最大の貿易港、また、金融の中心として発達し、芸術や文化が隆盛を極めた。しかし、フィリぺ2世は、新教徒を弾圧して、旧教主義による世界の統一を図り、これに反発したオランダは、80年戦争の後に独立するが、ベルギーの大部分はスペインの支配にとどまった。
その後フランスの支配を受けるが、1813年にフランス帝政が崩壊し、ネーデルラント連合王国が樹立され、ベルギーも編入された。1830年には、独立革命が起こり、独立を宣言。レオポルド1世が初代国王となり、経済的にも文化的にも発展していた。
第一次世界大戦は中立政策をとるがドイツに侵略され、また、第二次世界大戦時にも、連合軍に開放されるまでドイツに占領されていたが、戦後は比較的早く経済復興をとげ、国際機関の本部が置かれるなど、ブリュッセルは、ヨーロッパ首都的な役割を担うようになっていった。また、1977年には、ブリュッセル、フランダース、ワロンと3つの行政府に分割。1980年の憲法改正によってこの分割が認められ、国家形態は連邦制となった。1995年ブラバント州はフランダース・ブラバントとワロン・ブラバントに二分され、全部で10州となっている。
ベルギーは、繊維産業や石炭の採炭などが盛んで、ヨーロッパ域内で最も工業の進んだ地域だった。現在は、石油化学工業、非鉄金属工業、自動車、食品工業を中心とした発展している。ベルギー工業は輸入原料を加工し、半製品、製品として輸出する加工工業が中核となっており、中でも、アントワープは世界最大のダイヤモンド集散加工地で、世界中のダイヤモンドの原石がここで研磨されている。

16世紀にスペイン王カール5世の命で建てられたのに因んで現在の名が刻まれているが、実際には王が住んだことはない。フランス革命後は「人民の館」と呼ばれた。1873年から1895年にかけて全体的にネオ・ゴシック様式に改築し、現在は市立博物館として利用されている。

美しい5つの塔をもつ12~13世紀の大聖堂。身廊と交叉部がロマネスク様式、内陣がゴシック様式で、ステンドグラスも素晴らしく、6世紀の初代司教聖エルテールにまつわるタペストリーや遺物も残されている。2000年にはユネスコ世界遺産に登録された。